消費という社会参加

こんにちは、行政書士川合です。

 

本日読んだ本に

 

「消費がつねに自分と社会との関係性の確認のためのツールであるとすれば、消費そのものを承認と接続の表象…」

 

という一文がありました。

 

日常生活において「モノを買う」という行為の理由といえば、「欲しいから」「必要だから」がほとんどでしょう。

それすら、もはや意識していないかもしれません。

 

 

私は過去に一度だけ、これらの理由でなく「消費=買い物」をしたいと強く望んだことがあります。

 

私は5年前くらいまで、毎年入院を繰り返していました。

長い時では3~4ヶ月に渡ることもありました。

 

入院生活に必要な物は、親や友達が持ってきてくれました。

何かを頼めば買ってきてくれました。

入院生活ではそれ以上の必要はありません。

可愛い洋服やバッグ、靴も必要ありません。

たとえ動けなくても看護師さんが助けてくれます。

体調が悪くなれば主治医の先生が駆けつけてくれます。

 

しかし、入院生活も3ヶ月を超えてくると、何かがおかしいことに気づいてきました。

社会から外されてしまったような感覚です。

個室ではないので、いろいろな方とのコミュニケーションはたくさん取りましたし、ほぼ毎日面会に来てくれる友達もいました。

でも何かが物足りないと感じました。

 

何かを考えたのではなく、本能的に「お店で何かを買いたい」という衝動に駆られました。

欲しいものがあったわけでもなく、食べたいものがあったわけでもありません。

「自分でお金を渡して、モノを受け取る」という行為がとても恋しくなりました。

 

「自分でお金を渡して、モノを受け取る」

この単純な行為には「他者との繋がり」「社会との繋がり」「自分の存在」が含まれているのだと今になって感じます。

それは人が人として生きていく上で、大事な要素です。

 

 

介護を必要とする方、その他身体の不自由な方に対し、どこまで手を差し伸べるか。

全てやってあげる事は簡単ですが、本人の心の充足を奪ってしまう可能性も潜んでいるのではないでしょうか。

 

消費という社会参加によって自分の存在を認知し、他者に承認してもらうこと、誰もが持っている大切な権利だと私は思います。

 

 

この一文の載っていた本は特に消費に関する本ではありませんが、自分の経験を思い出し、ブログにしてみました。

 

「社会参加」ということがどういうことなのか、常に考えていこうと思います。

 

 

 

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      静岡県行政書士会所属

      登録番号 11092076

      申請取次行政書士